それに伴う喜びの感情
そしてもっと挑んでみようという意欲
それらを通じて育つ自分への信頼感や自信
1 かわる ★ :2022/04/09(土) 17:54:41.49
■日本のものづくりの力は遊びで育まれた
実は近代の日本の産業界をになった人物の多くが、学校ではなく、こうした生活の中でも工夫や努力によってもの作りの才覚を身につけていったということが示唆されている。
松下幸之助氏は小学校4年までしか行っていないし、本田宗一郎氏の学歴も小卒だ。私の親父もレコードを作らせたらこの人の右に出る人はいないと作家五味康祐にいわせた録音技師だったが、学歴はやはり小卒だ(『芸術新潮』1973年秋号)。
元京都大学教育学部教授だった藤本浩之輔氏が明治時代に子どもだった人に聞き取って、当時の生活を再現した『明治の子ども 遊びと暮らし』(本邦書籍1986年)という興味深い本があるが、その中でも明治時代の子どもの実にダイナミックな遊びの様子が聞き書きで再現されている。
それを見ても、明治以降の日本の近代化を最も底辺で支えたのは、もの作りの工夫を尋常ならざるレヴェルで追求した職人魂の持ち主たちで、その動機、志向性は生活の中特に遊びの工夫の中で育まれたという印象が強くなる。明治期の職人たちが、日本の産業革命後に工場で職工として活躍したのであるが、その職人的な志向性は子どもの頃の遊びの中に淵源をもっている。
■遊びには「積み重ね」が必要
最初に空間、時間、仲間の三つの間がなくなってきたことが子どもの遊び力の衰退の要因だという言い方にはもっとていねいな吟味が必要だと述べた。
たとえば先の宮原氏の写真の中で、公園の滑り台から飛び降りる遊びをしている子どもたちの様子をもう一度見てほしい。現在の子どもたちに、同じような滑り台とマットを与えたらどうなるだろうか。おそらく、誰もこういう遊びをしないだろう。やってごらんといっても怖がってしないと思うし、無理にさせようとすると逃げていくにきまっている。
つまり、遊びには、幼い頃から徐々に上手になり、大胆になっていくという積み上げが必要なのだ。
遊びは、工夫してやることでだんだん面白くなるという体験、やっとできたという達成感、それに伴う喜びの感情、そしてもっと挑んでみようという意欲、そうした感情体験と、それらを通じて育つ自分への信頼感や自信、そうしたものがない交ぜになった遊び体験のポジティブな感情と記憶が体に刻み込まれていなくてはならない。
もちろんスキルアップはいる。しかし遊び力というのは単なるスキルアップではなく、世界を自分のものにできるという情動的能動性が高まっていくことなのだ。体が遊びを覚え、それが世界に向かうときのその子の能動的な立ち位置をたかめていく。
今はこうした体験を幼児期からすることが極めて困難になっている。
体に遊びのワザと喜びの記憶が刻み込まれていかないし、自分はできるという自己信頼も育てることが難しい。それではいくら三つの間が与えられても、子どもたちが遊び出すことはないだろう。遊びは生きながら順次発酵していく、世界への能動的な姿勢であり意欲であり作為力なのである。(後編に続く)
https://news.yahoo.co.jp/articles/dfd7bef9edd3216f3d8c8fc72d56a8bbd6550f1a?page=5
満たされすぎてやりたいことが無くなったんだろう
家は貧乏だったから遊び道具なんて買ってもらえなかったけど、毎日友達と遊び回ってたけどな
今の子は遊び方教えてもらわないと駄目なのか?
今はちょっと怪我しただけでモンペ共がギャーギャー言うからな
まぁ近くのちょっとした公園行っても
ドッグランはあるけど遊具がないという状況はどうなんだと思う
子どもが遊びを作り出すのは、大人が仕事を作り出す練習みたいなもん
新しく作って遊んだことがなければ、その面白さはわからんと思うよ。
公園で子供のボール遊び禁止して、老人のゲートボール専用に独占遊戯
>>49
老人のゲートボールすらやってないがな
騒音うるせぇ!とかいうヤツのためにな
一時期不衛生と砂遊びをやらせないママが多かったが、幼児教育の専門家が必須と広めて復活
そりゃ何をするも違法違法違法違法違法違法違法違法うるさいんだもん
とはいいつつも大谷とか昭和時代からは考えられないようなすごい世代はあって、ゆとりをうまく使っている
オリンピックなんか見ても、あんな受け応えなんかできなかったよ
かくれんぼや鬼ごっこしてこそ基礎体力がつく
大人が満足してるんだろ。
子供からしたらストレスでしかない。
遊び=TVゲームは何とかした方がいい
>ある保育園で遊びの大切さを学ぶ講演会を開いたが、講演が終わったあと、参加していた若い父親に園長が「お父さん、わかったでしょう。もっとお子さんと遊んであげてくださいね。遊びは本当に大事なんですから」といった。
>するとその父親は「いや、よくわかりましたが、うちの息子はまだちょっと無理だと思うんですよ」
>「え、どうして? 2歳なんだからもう十分に遊べますよ」
>「いやあ、ちょっと無理だと思いますけどねえ」
>「どうして? 十分遊べますよ」
>「いやあ、2歳の子にはゲームは無理ですよ」……
>何のことはない、このお父さん、「遊び=ゲーム遊び」と思い込んでいたのだ。
公園とかで子どもだけの世界で駆け回って遊ぶのって心の成長に必要だなって思うわ
今は習い事でもしないと家で遊ぶのが精々だし、習い事の場所は子どもだけの世界とは言えない
松下と本田は商売で成功した例だろ。
金と時間がなくちゃ鍛錬できないって理屈には当てはまらんぞ
ジャングルジムや上り棒も危ないからと なくなって久しいな
面白い記事だな
子供の限界制限してるのは親だし同時にお受験で四角く矯正してる社会ではある
オリンピックでスケボーが注目されもてはやされました、街中でスケボーが流行りだしました、うるさいからスケボー禁止になりました、以上。
外で遊ぶ子供が減ったのと比例して子供の自殺率は上がっている
>>115
ビタミンD不足からの鬱かもな
しかも勉強勉強塾塾
>>115
だろうなあ
東京だと遊ぶとこないから
路上で子供たちが工夫して遊んでたが、今は「子供の声がうるせぇ!静かにしてろ!」とかいうヤツがいるからな
>>131
うるさいとは思わないけど、路上で遊んでたら事故が心配になる
>>144
心配しすぎ
そんなん木登りしてたら落下が心配だとか言ってるのと同じ
>>150
ストライダーで遊んでる子とか怖くない?
いきなり車の前に飛び出すよ
>>159
そんなの乗り回すほど広い空間ある地域なら路上で遊ばないよ
>>144
公園で遊ぶのも事故が心配だから色々禁止とw
公園に限らず規制規制で過保護みたいな顔して押さえつけ過ぎ
子どもの仕事は遊ぶことやからな
小中は成績を気にせず思いっきり遊ばせるべし
ブランコ
滑り台
ギッタンバッタン
凧揚げ
缶蹴り
ぱ*
かっちん玉
釘刺し
ショーヤ
今どきの子供は連れ立ってやらんのかいな?
>>128
つれだつ相手が少ない
共働きで平日は長時間保育園で過ごして、土日は両親の家事雑用を邪魔しないためにテレビやユーチューブを見たりゲームしたりして過ごす
これが当たり前になった令和の子育て
「遊べ」
保育園で遊ぶしかないんじゃね?
現代っ子はイジメしか遊びがない
>>143
「現代っ子」って死語はアレだが「イジメしか遊びがない」が妙にリアル
ボ-ル使用禁止はでかいな
昔は公園でも道路でもボ-ル使って遊んでたし
学校のグランドも自由に入れた
自由と失敗も含めた子供の成長じゃなく
親の安心の為に育ててる親が多いからな
お決まりの言葉が、お前の為だ
ゆとりゆとりいうけど今は子供じゃなくて親に与えるべきなんだよ
子供にゆとりを与えても肝心の親がゆとりがないのなら
それは子供にとってもゆとりがないのに等しい
あと、危険だからって何でもかんでも排除しすぎ
公園からベンチや遊具もどれだけ消えたと思ってる


コメント
その子供たちが大人になったら自由な発想で社会を引っ張る人がいなくなるし当然経済は成長しなくなるよね
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