1 みの ★ :2022/05/14(土) 19:55:09.41
【100歳時代】
寿命の延伸と生涯学習の浸透で大学に入るシニアが増えるなか、この春、99歳で放送大学を卒業した人がいる。徳島県美馬市の養鶏業、清水げん市(「げん」は「にんべん」に「玄」)さんだ。
17年かけて必要な単位を取得、「戦争で1度諦めた」という大学卒業の夢を実現させた。現在、5千羽のニワトリを飼育するなど元気に仕事を続けるなかでの学習との両立や、何が学問へ駆り立てたのかなどについて聞いた。(山本雅人)
■養鶏業と両立
「子供の頃から勉強が好きだった」と話す清水さん。7人きょうだいの四男として生まれ、尋常高等小学校を卒業後、16歳で徳島から上京して、軍に毛布を納める会社に就職した。
向学心は衰えず、昼間は仕事、夜は予備校に通いながら、大学入学資格が得られる当時の検定試験突破と大学受験を目指した。予備校ではロシア語の学習も勧められ、独学で3年かけて習得。「戦時中で英語は敵性語だということもあり、ロシア語になった」と説明するが、後の人生に大きな影響を及ぼすことになる。
…続きはソースで。
https://news.yahoo.co.jp/articles/835e4e3a685844a96e273a7669177f372f5a72ac
2022年5月14日 9時30分
昭和19年に21歳で出征して旧満州で終戦。その後、旧ソ連によってシベリアに抑留された。極寒で食事も満足に与えられないなか、強制労働をさせられたが、ロシア語ができたことから、収容所で日本兵の帰国に関する書類作成の仕事を命じられた。その際、ソ連の司令官とのやりとりを通じ、違う民族ながら、「人間として共通するものを感じ、いつか心理学を学びたいと思った」と話す。
23年に実家に戻り、養鶏の仕事を始めて今も続けているが、平成17年にテレビなどで学べる放送大学の存在を知って、82歳で入学した。教養学部の6つのコースのうちの「心理と教育」を選択し、念願の心理学を学ぶこととなった。
多い日は夜に3時間勉強し、「なるべく時間を確保できるよう、テキスト持参で鶏舎に行き、時間があると5分でも10分でも読んだ」という。多忙で受講できない期間もあったが、年に数科目ずつ単位を取得し、今年3月、学位記(卒業証書)を手にした。
「卒業まで20年ほどかかると思ったので、100歳まで生きなければならないと思った」と長寿の要因を語る。「若い頃から勉強を続けてきたので、記憶力の衰えなどはあまり感じなかった」と振り返り、「飲酒や喫煙をしたことがないのも大きかった」とも。
■シニア学生多数
放送大学によると、同大では学生の4分の1が60歳以上。なかには30年以上在籍する人もいる。入学試験はなく、出征のため大学への入学資格をとれなかった清水さんのような人でも、まずは同大に設けられている「科目履修生」などの短期在籍の学生として8科目(放送授業の場合)の単位を取得すれば、一般の大学学部生にあたる「全科履修生」になることができ、大卒資格の取得を目指せる。
授業料も、受講科目数に関係なく一括で年額が決まっている多くの大学とは違い、放送授業1科目(週1回45分の授業を15回)が1万1千円(教材費込み)と受講数に応じて決まり、低額に設定。在籍できる期間は10年だが、超過した場合でも入学金1万8千円(当初の入学金から25%引き)を再び納めれば、さらに10年間在籍できる。清水さんもこの制度を使い、17年間かけて卒業した。
「心理学を学んだことで、相手の気持ちを常に推しはかって話せるようになった」と清水さん。「学問に年齢は関係ない。今後も心理学の勉強を続けていきたい」。こう力強く語った。
あらおめでとん、お次は院でも
高卒はただの甘えであることがよく分かるな
これは、すげぇわ…
英語は敵性語だったけど、ロシア語はそうはみなされてなかったのね。
確かに日ソ中立条約は結ばれてたけれども、戦時中も共産主義への抑圧は続けていたんだけどね。
もっとも、戦前の日本には白系ロシア人も多くいたから、ロシア語=ソ連という意識はあまりなかったかもしれんが。
リアル月島軍曹
>>16
先に書かれた
そういえば天皇陛下(当時は皇太子殿下)が、
第1回放送大学卒業式で
祝辞を述べられたんだっけ。
老人パワー恐るべし
50、60で年老いたなんていってられん
99でよく新しいこと覚えられたもんだ。
40過ぎてもまだ学びなおせるのかもな
>>22
やる気次第だよ
大学出てないのがコンプレックスだった高校時代の後輩が43歳で
会社経営の傍ら某有名私大の通信教育はじめて3年で卒業しとったよ
>>28
通信教育でコンプレックスは解消されるものなのか?
>>31
かなり解消した様子だったよ
それまで経営者同士の交流もぱっとしなかったらしくどこか自信なさげだったけど
今はいきいきとしている
格付けなんかより本人が満足することが大切だね
良質の自信は人生を良い方向に導く
>>31
あ、ごめん通信じゃなかった
夜間だな
どっちにしろ立派な学士だよ
素晴らしい事だが、なんの役にもたたないロシア語を17年も学んでて残念極まりないな
>>24
思いっきり勘違いしとるがな。
ロシア語を学んでいたのは戦時中の3年間、80歳を過ぎてから17年かけて学んだのは心理学だわ。
>>27
心理学は学ぶ価値あるの?
>>29
学ぶ価値を自分で決めるのが生涯学習だよ
進学や就職目的とは違うのさ
82歳から学んだのか尊敬する
在学できる限界は8年だったなウチの大学は
放送大学はそういう期限無いんだね
>>35
在籍期限はある。ただ、取得した単位は有効だから、時間がかかる場合は再入学して過去の単位の認定を受ければいい。
放送大学の最高齢の卒業は、101歳で卒業した北海道の加藤さん(故人)で、99歳で再入学して2年で卒業(4回目)。
この人も再入学して卒業すると最高齢記録更新できる。
すごいな
アラフォーで既に無気力なんだけどどうやってこの年齢で高いモチベ保ち続けられたんだろう
伭
立派な人だ
放送大学をバカにしてるみたいだけど成人してから仕事しながらコツコツ一人で勉強するんだから全うするのはなかなか困難ですよ。
素直に尊敬する
99歳
というだけで尊いな
戦前の高認は専検といって今の高認とは比較にならない超難関
なかなか取れるものではなかった
>>71
戦前はいろんな教育コースがあった
落第と飛び級も当たり前
師範学校に行かず試験一発で教員免許が取れるコースもあった
>>76
戦前のエリート教育に戻すべきだ
就職だとか一切興味が無く、
本当に勉強がしたくて勉強してる方々だからな。
すげー。
ロシア語教える予備校があったのもヤバい。
17年分の授業料はいくらなのか
学割とか使ってたのかな
ロシア語は敵性言語だろ
>>84
違うゆ
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