知りタイムズ

「学校・教育関係」を中心とした、2chでの気になる記事、面白いと感じた記事を扱うまとめブログです。まとめながら自分も色々なことを知ることができたらと思っています。

    タグ:ぼっち



    1 デビルゾア ★ :2024/01/03(水) 04:05:20.94
    (中略)

     一方で、「ぼっち」という言葉には、ややネガティブなイメージがつきまといます。

     それは、なぜでしょうか? 

     そこには、ひとりである状態を、「自分自身で選択したのかどうか」という点が大きく影響していると考えられます。

     ソロ活の場合は、積極的にひとりになることを選んでいる意味合いが強いのですが、ぼっちは、「気づいたらそういう状況になってしまった」「本来はひとりで過ごすことを想定しておらず、むしろひとりでいたくないにもかかわらず、不本意ながらひとりでいることを強いられている」という、望ましくない状態をイメージさせるのではないかと思います。

    (中略)

     由来となった言葉それ自体には、もともとはネガティブな意味はなかったと思いますが、時代を経て、組織・集団に属せないためにひとりである状態を選択せざるをえないという、孤立させられているかのような暗さを伴うイメージがついたと考えられます。

     いわば、好き好んでぼっちを選んでいるのではなく、やむをえずぼっちでいる状態といえるでしょうか。

     自分自身が「ぼっちの状態を望んでいない」から、同じようにひとりでいる人に対して、あたかも「誰にも受け入れてもらえない社会性のない人」として、無意識的に同情するような視線を向けてしまうのかもしれません。

     「ぼっちはイタイ」「ぼっちはみじめ」という言葉には、ひとりでいる人はなにか問題がある人で、排除された人であり、自分はそうは思われたくないという強い拒絶の意志が組み込まれているのではないでしょうか。

     ぼっちに限らず、「人付き合いが下手」もしくは「人嫌い」といった言葉は、どこか本人に落ち度があるような、ネガティブな言い回しとして使われてしまっています。

     そして、一度でもそのようにみなされると、まわりの人たちはその人をあたかも触れてはならないケガレのように扱い、積極的に集団や共同体から排除するか、社会的ヒエラルキーの下層に位置づけようとします。

     それゆえに、ぼっちやさみしい人に対して、誰しもが受け入れがたいニュアンスを感じてしまうのでしょう。

     自分はひとりでいるのが好きで、自らの意志で、ひとりでいることを選んでいても、社会的に、ぼっちと規定されるのは、また別の話なのです。これはつまり、ぼっちに対するネガティブな先入観が社会のなかに存在するということであり、そこには、一筋縄ではいかない根深さが含まれているということでもあるのです。

     ぼっちを最も強く意識させられ、生きづらさを感じさせられる場所が、学校ではないでしょうか。特にそう思わせられるのは、小学校・中学校時代かもしれません。

     なぜなら、親や先生たちのぼっちへの見方が固定されていることに加え、人の流動性が低く、自分が所属している場所を移動・変更することが非常に困難な環境だからです。

     学校生活のなかでは、友だちが多いことがいいとされ、友だちがいないことはまるで悪いように扱われる場合が多いかと思います。

    ■「友だちがいないのは悪」という刷り込み

    (中略)

     例えばそれは、学校行事や体育の時間、また具合の悪くなったときなどであることでしょう。先生から、「ふたり一組でペアを組みなさい」「好きな人同士でグループになりなさい」「保健室(もしくは自宅)にいる〇〇さんに、一番仲のいい人がプリントや荷物を持っていってあげて」などと指示されるシーンがあるでしょう。そんなとき、わたしがそうだったように「仲のいい友だちがいない」場合は、ちょっと面倒なことになります。

     まあ、大して困りはしないのですが、先生が荷物やプリントを保健室に届けてくれたり、「余った人同士でペアを組みなさい」という指示に従ったりするという解決策がとられることになり、やや気まずい。

     こうした出来事が繰り返されると、「友だちのいない人=人に迷惑をかけるやつ」「余りものはやっかい者だ」とみられてしまうというわけです。

     学校は、友だちという社会関係資本の多寡に重きを置いてヒエラルキーをつけようとする、非常にアンフェアな環境と考えることもできます。

    (全文はこちら)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/431000fa76b57c37e02e7c36aa49a638a0c71522

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    1 煮卵▲ ★ :2023/07/30(日) 17:14:08.91
    マネーポストWEB 2023.07.30 11:00
    https://www.moneypost.jp/1047660

    近年、全国の大学で広まりつつある「100分授業」。

    これまでは、半期で90分授業を15回のカリキュラムが一般的だったが、1コマを100分に時間を増やし、回数を14回とするのが「100分授業」の特徴だ。
    すでに早稲田大学、上智大学、明治大学、立教大学、中央大学、法政大学、日本女子大学などで導入されており、2024年度からはさらに拡大する見通しだ。

    大学設置基準が改正されたことで、2010年代後半から100分授業を導入する大学が増えているわけだが、双方向的な学びの拡充だけでなく、
    夏季休暇入りを一週分早められることで、ゆとりをもった学年暦を実現できるというメリットがある。

    学生たちにとっても、就職活動や課外活動にまとまった時間を費やせるので歓迎の声も聞こえてきそうだが、実際には不満の声が目立つようだ。


    都内の私立大学に通う男子学生・Aさん(政治経済学部)は、次のように話す。

    「これまでは90分で15回なので1350分でしたが、100分授業制だと14回で授業時間が合計1400分になります。
    一週間休みが早まるなんて言われていますが、授業時間が増えているのでまったく嬉しくないです。授業時間が増える分にはなんの問題もないと考えているのは、大学当局や教員側だけでしょう。
    ほとんどの学生にとっては苦痛です。

    また、1コマが10分増えたことで新たな課題や小テストを実施するようになった授業もある。
    就職活動がしやすくなるなんて言いますが、学内の課題が増えるのは就活にも悪影響ですし、今すぐ90分に戻してほしいです」

    ◼休み時間の短縮で「昼休みがすぐ終わる」

    キャンパスが広い大学では、休み時間の短縮で困ることもあるという。私立大学に通う男子学生・Bさん(教育学部)が話す。

    「僕たちが普段使っている棟は大学キャンパスのなかでも奥まったところにあるんです。100分授業によって1限の始業時間が早まったので、みんな駅からバタバタと走って教室に向かっています。
    狭いキャンパスの大学ならまだしも、広いキャンパスだと困るんですよね。
    とくに昼休みに生協やコンビニがすごく混むので、食べ物を調達できたころにはもう昼休みがほとんど終わっている、なんてこともあります」

    100分授業になったことで、ディスカッションやグループワークの時間が増え、「ぼっち」の居心地が悪くなったと話すのは、私立大学4年の男子学生・Cさん(文学部)だ。

    「100分授業に移行してから、不満に思っていることが2つあります。
    まず、通常の講義科目のなかに、教授が楽をしたいのか、10分早く切り上げたりするケースが出てきました。
    それなら実質90分授業ですよね。早く終わるからと喜んでいる学生もいますが、制度的に破綻していると思う。

    もうひとつは授業時間の半分をアクティブラーニング、たとえばディスカッションとかグループワークに充てる授業が増えたことです。
    僕は基本的に大学ではぼっち(ひとりぼっち)で受講しているので、知り合いがいない状態で毎回グループワークさせられるのがきつい。
    静かに黙って授業を受けたいのに、100分授業になってから予想外の皺寄せが増えています」

    学内での教育の質向上や、学外活動の推奨などを目的に導入されている「100分授業」だが、学生たちからの評判は芳しくない様子。
    こうした声を聞いて、学校側は何を思うか──。(了)

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