知りタイムズ

「学校・教育関係」を中心とした、2chでの気になる記事、面白いと感じた記事を扱うまとめブログです。まとめながら自分も色々なことを知ることができたらと思っています。

    タグ:体育嫌い



    1 ぐれ ★ :2025/07/23(水) 21:57:36.82
    ※7/23(水) 10:17配信
    プレジデントオンライン

    「学校の教育現場の常識にはおかしなものがたくさんある」。現役の小学校教員・松尾英明さんは3年前に上梓した自著でその事例を挙げ、背景を解説した。全国の多くの教員関係者から届いた賛否両論の声に対して、松尾さんが切り返した内容とは――。

     ※本稿は、松尾英明『不親切教師はかく語りき』(さくら社)の一部を再編集したものです。

    ■校内マラソン大会は「学習指導要領の狙いと全く不一致」

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    Q(ある教員からの声):校内マラソン大会について『不親切教師のススメ』(さくら社)では否定的に書かれていましたが、私は価値があると思っています。苦しいことや嫌なことにも耐える力を育てることは必要ではないでしょうか?
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     A【現役小学校教員・松尾英明】先に結論を述べます。全員参加のマラソン大会は、学校からなくすべき行事の筆頭であると考えます。その理由は、マラソン大会が学校のリスクマネジメントの観点や、子どもの心身の安全・安心という観点からデメリットが大きすぎるためです。さらに言えば、この行事は学習指導要領における体育科のねらいとも全く合致していません。

     体育科では、本来「マラソン」のような過酷な運動は求めていません。学習指導要領で示されているのは「マラソン」ではなく「持久走」です。その位置づけも「陸上運動」ではなく、(小学校)高学年の場合は「体つくり運動」の中の「体の動きを高める運動」の一部、「動きを持続する能力を高めるための運動」の例示に過ぎません。

     それも「無理のない速さで5~6分程度の持久走をすること」といった内容に限定されており、低学年は「2~3分」、中学年は「3~4分」という設定になっています。

     要するに、気持ちよく数分間走り続けられれば目標達成とされる内容です。「無理のない速さ」とは、走りながら風景を楽しんだり、体で風を感じたりするような速さであり、本来は楽しい運動です。生涯体育の観点から言えば、健康維持のために行うジョギングやウォーキングがこれに該当します。

    続きは↓
    一部の得意な子のために「みんなで」やる必要はない…教員が「校内マラソンもドッジボールも害」と語るワケ(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース https://share.google/LzKess1gMYEOH30bS

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    1 おっさん友の会 ★ :2025/03/19(水) 13:32:22.10
    2025/03/19
    東洋経済education × ICT編集部
    https://toyokeizai.net/articles/-/863321


    多数派ではないものの、子どもたちの間に一定数存在する「体育ぎらい」。
    「チーム競技の授業で味方の足を引っ張り友達から責められた」「一生懸命取り組んだのに、先生から『やる気がない』と怒鳴られた」など、ネガティブな経験を持つ子どもも少なくない。
    本来、体を動かすことが大好きな子どもたちも体育ぎらいにさせている要因は何か。教科としての体育の本質、現状、課題、また教育の多様化が進む中、これからの体育教育のあり方とは。
    筑波大学体育系助教の坂本拓弥氏に聞いた。


    ――2024年度スポーツ庁「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」によると、「運動やスポーツをすることがやや嫌い・嫌い」と回答したのは小学生男子6.7%
    小学生女子13.7%、中学生男子9.7%、中学生女子23.2%。「体育、保健体育の授業があまり楽しくない・楽しくない」と回答したのは小学生男子5.4%、小学生女子10%、中学生男子8.6%
    中学生女子16.2%でした。多数派ではないものの、子どもたちの間に一定数存在する「体育・保健体育嫌い」の要因について、坂本先生の考えをお聞かせください。

    要因は、本当に多種多様です。例えば、体育授業の始まりや終わりの際の整列やあいさつ、行進の練習、服装のルールなどに見られる「規律の強制」や
    クラスメイトの前で飛び箱やマット運動をさせられ失敗したときの恥ずかしさや劣等感。これらをはじめとして、子どもたちが体育ぎらいになる理由はたくさんあり、人によって異なるのが現実です。

    実際、「校庭の砂や泥が体につくのがいや」「汗をかくのが不快」「プールや更衣室など人の目に体をさらすことに抵抗感がある」など環境への不快感
    「先生の指導法が合わない」「先生に怒られるのがいや」といった教師のふるまいや言動への苦手意識、「ほかの人と比べられるのが辛かった」のような運動に対するコンプレックスなどもあげられます。

    また、体育はほかの教科と異なり、グラウンド、体育館、プールなどいろいろな場所で体を動かし、それを他者に見られる経験を多くすることから
    「快か不快か」といった感覚的な要素が強く現れてしまい、「好き嫌い」の価値判断の対象になりやすい面もあるでしょう。

    ――「体育の授業は軍隊のよう」「体育の先生は軍人みたい」という声も聞こえてきます。

    明治から昭和の初期にかけて、日本では軍隊を退役した人を優先的に体育の先生として採用していたことがありました。
    その後1945年に日本が太平洋戦争に敗戦し、学校教育の抜本的な改革が行われるまでの約70年の間、退役軍人が何らかの形で学校の体育に関わっていたと考えられます。

    このことを、戦後80年が経過する2025年の現在から振り返ってみると、日本の学校教育における体育の歴史の約半分の期間、退役軍人と体育の先生は密接に関わっていたことになります。
    その点を考えると、「軍隊」や「軍人」のイメージが現代の体育や体育教師に残っていても、決して不思議ではありません。

    現に、号令、行進、整列の際の「気をつけ」や「休め」は軍隊の名残ともいえ、それらが形骸化して今も存在し続けているのではないでしょうか。

    ――「体育座り」は腰や内臓に負担がかかり体によくないのではないか、長時間の体育座りが体育嫌いにつながっているのではないか、という意見もあります。

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