知りタイムズ

「学校・教育関係」を中心とした、2chでの気になる記事、面白いと感じた記事を扱うまとめブログです。まとめながら自分も色々なことを知ることができたらと思っています。

    タグ:医学部



    1 七波羅探題 ★ :2026/02/22(日) 10:17:51.71
    DIAMOND, INC.2月22日 4:55
    https://diamond.jp/articles/-/384319

    旧帝大の志望者が減少、難関・有名私大は大幅アップ
    ――2026年の大学入試の全体的な受験動向の分析からお願いします。

    国公立大学は志願者数が確定した2月18日、私立大学は2月13日現在の集計によると、私立大学、特に難関・有名私立大への志向が強まっているということがいえると思います。

    一方で国公立大学、特に難関国立大学を個別に見ると、東京大学や京都大学が前年比で微減、(24年度に東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して誕生した)東京科学大学は13ポイント減となっており、弱気な出願とまではいえないものの全体的に減っています。

    また、全ての大学で志願者数がまだ確定していないのですが、大学入学共通テスト利用方式と一般入試方式を合わせた私立大の志願者数の増加率について、河合塾が定義する大学グループ別に言うと、「日東駒専」(日本大学、東洋大学、駒澤大学、専修大学)と、「成成明國武」(成蹊大学、成城大学、明治学院大学、國學院大学、武蔵大学)が、現段階で前年比10ポイント増。そして「MARCH」(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)が4ポイント増、さらに「早慶上理」(早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、東京理科大学)に至っては5ポイント増となっています。

    個別に志願者数が確定しているところだけ抜き出すと、慶應は5ポイント増、上智が10ポイント増、立教が12ポイント増、成蹊が38ポイント増などです。

    関西も同様で、「産近甲龍」(京都産業大学、近畿大学、甲南大学、龍谷大学)が13ポイント増、「関関同立」(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)が5ポイント増加しています。

    さらに地方の各エリアの難関私大、例えば北海道エリアでは北星学園大学や北海学園大学が現段階で30ポイント増。東海エリアの南山大学、愛知大学、中京大学、名城大学が25ポイント増となっています。

    ――26年共通テストの総志願者数で見ると、25年比で0.2ポイント増になりましたが、国公立大が微減で、難関・有名私大が躍進したということは、「私立大シフト」が起きたのでしょうか。

    いえ。「私立大シフト」とまではいえないと考えています。私立大の志願者がこれだけ増えている主な理由は、国公立大と私立大の併願者の増加によるものではないかと推測しています。

    確かに模擬試験の段階では、私立大の共通テスト利用方式の増加率は非常に高かったのですが、一方で国公立大の志願者が減っているかというと、昨年度並みです。私立大の入試本番を迎え、共通テスト利用方式だけでなく一般方式の方も増え始めたわけです。

    その背景は26年の共通テストが非常に難化して平均点が下がったことにあります。当初は私立大の受験は共通テスト利用方式だけを使って併願しようと思っていた国公立大志望の受験生が、「共通テスト利用方式だけではなく一般方式も受けた方がいいんじゃないか」と焦り始めたのではないかと。

    加えて、コロナ禍の終息以降、首都圏の大学への回帰、特に私立大への回帰現象が非常に強く現れています。昨年、今年と首都圏の難関私大が非常に好調な理由の一つ、全国から再び受験生が集まってきているところはあるでしょう。

    とはいえ、18歳人口は昨年から来年にかけての3年間、階段の踊り場状態にあり、私立大の志願者数はそれを大きく上回る伸び率を示していることは確かです。その多くは前述のように国公立大からの併願者だと思うのですが、そうはいっても学費なども考えれば、私立大を目指す受験生がこれだけ増える理由は簡単には説明できず、さまざまな要因が複合的に重なっているものと思われます。

    ――現役志向が加速し、とにかく浪人はしたくないという危機感のような動機もあるのでしょうか。

    現役進学率の推移だけ見れば、現役志向が強まっているように見えますが、今も昔も皆、浪人はしたくない(笑)。かつて18歳人口が爆発的に多かった時代は、結果として浪人してしまう受験生の割合が非常に高かった。現在は大学全入時代なので結果として浪人する方は昔に比べれば少なくなってきているだけです。

    ただし受験生の間で上昇志向がかつてよりも弱まっている側面はあると思います。26年入試で難関の国立大、例えば旧帝国大学(北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学)で言うと、エリア内に他に代替できるような有力校がない北大を除けば軒並み志願者を減らしています。東大は2年連続の減少で、昨年まで7年連続で志願者を増やしていた京大も志願者を減らしています。以前に比べれば、「何が何でも東大、京大」というような志向は薄れているのかもしれません。

    ※以下リンク先で

    【医学部志望が激減!2026年の大学入学共通テストを大分析、「文高理低」「国立↓私大↑」で変わる大学入試】の続きを読む



    1 お断り ★ :2026/01/07(水) 18:22:38.61
    医師の夢にかける“不屈の49歳” 11浪+14年で医学部卒 「今度こそ…」6度目の国家試験へ
    大学入学共通テストまであと10日。進路や将来に不安が募るこの時期、49歳でなお医師を目指し続ける男性が6度目の国家試験に挑もうとしている。
    30年、あきらめず机に向かってきた理由は何か。その執念に迫る。

    医師を目指して30年。49歳になった今も、夢をあきらめてはいない。医師国家試験まで残り1カ月。神野さんは、ラストスパートをかけるように勉強に励んでいる。

    一人暮らしの生活は決して楽ではない。
    勉強の合間に塾講師のアルバイトをして、日々の生活費を稼ぐ。狭いキッチンに立ち、食事は簡単に済ませることが多い。
    「冷凍パスタを温めるだけです」
    コロナ禍でバイトが減って、家賃を滞納したこともある。在学中に借りた奨学金の返済も残っている。

    詳細はソース先 FNN 2026/1/7
    https://news.yahoo.co.jp/articles/2c10eed7b78c71339a59652bebd1308ed32d708a

    https://www.fnn.jp/articles/-/983415?display=full

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    1 バチルス(みかか) [ニダ] :2025/07/02(水) 18:01:51.17
    sssp://img.5ch.net/ico/fujisan.gif
    「どうして反ワクの須藤元気さんを公認したんですか?」“医学部合格者数ナンバー1高校”で開催された国民民主・玉木代表の講演会で生徒から飛び出した“ド直球質問”

    「やはり医者の卵からすれば、須藤さんの非科学的な発信は納得できなかったのでしょう」

     こう語るのは、6月28日、同校で開催された玉木氏の講演会に参加した地元民だ。父母や近隣住民も自由に参加できる講演会で、
    当日は一目玉木氏を見ようと約700人の聴衆が集まったという。
     玉木氏が約1時間講演した後、質疑タイムという構成だったが、冒頭、玉木氏は「緊張してきた」と話していたという。

    「『政治家として喋るのを仕事としてやっていますが、一番苦手なのは中高生。なぜかというと、
    みんな本質的な質問をするからです』と言っていましたね。講演では、『皆さんはこれから世の中のリーダーとして役割を果たしていく人材だ』
    『恵まれているのだから与えられたチャンスを活かして欲しい。
    夢を持ちたくても持てない同世代の子たちが各地にいることを知ってほしい』などと呼びかけていました」(参加者)

    怒気をはらんだ口調で直撃

    そして始まった質疑タイム。玉木氏が恐れていた“本質的な質問”がいの一番で飛び込んできたのだった。
    最初にマイクを握った生徒が『なぜ須藤元気を公認したのですか。反ワクチンを唱えている人をなぜですか』と切り込んだのです。
    決してウケを狙っているような様子はなく怒気を孕んだ真面目な口調だったので、会場はどよめきました」(同)
    玉木氏はたじたじになっていたという。
    「『本人は過去の過ちで医療関係者にご迷惑をおかけしたと反省しています』と言った後、
    『もうそういう発信はしないよう確認書は取っている』だの『我が党に所属する医師免許を持っている議員と対談したので、
    そういった発信をこれからしていきたい』とかゴニョゴニョ言っていました」(同)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/04c02638db871fcec19bdd293a86a83768787b34?page=2

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    1 首都圏の虎 ★ :2024/10/15(火) 15:59:01.66
    文部科学省は15日、医学部医学科を置く全81大学が実施した今春入学者への入試(2024年度入試)の平均合格率が、男子12.3%、女子10.6%だったと発表した。全体の受験者数は12万102人、合格者は1万3871人。女子の受験者数は5万2298人で、19年度以降では最多となった。

     文科省によると、設置者別の合格率は国立が男子31.9%、女子28.3%。公立が男子30.6%、女子28.8%で、私立が男子8.4%、女子7.7%だった。

    全文はソースで 最終更新:10/15(火) 15:54
    https://news.yahoo.co.jp/articles/85241aa45b7b6b85152179c181411f60f05554c3

    【医学部の「女子受験者」が最多 19年度以降、文科省調査】の続きを読む



    1 征夷大将軍 ★ :2024/09/02(月) 08:09:25.43
    2024.09.02
    https://full-count.jp/2024/09/02/post1609358/

    「世の中にそういう“超人”がいるのなら、自分もなんとか近づきたいと思います」と寺田さんは目を輝かせる。MLBでは、元カージナルス内野手のマーク・ハミルトン氏が現役引退後に医大で学び、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻だった2020年から内科の研修医となった。ほかにも、NPBでも1975年に強打の助っ人一塁手として広島の球団創設初優勝に貢献したゲイル・ホプキンス氏が、帰国後に整形外科医となった例がある。紆余曲折を経て、まずプロ野球選手になる夢をかなえた寺田さんは現在32歳。順調にいっても大学を修了するのは2026年度だ。「修了後も、内科、外科、皮膚科など全ての科を回る前期研修医として2年間、専門科を決めてから後期研修医として3年間、経験を積む必要があります。僕が全てをクリアして“一人前の医師”になるのは、40歳の時ということになります」と苦笑いする。

    「年齢は気にしてもしようがない。一般企業に就職した同世代は、もう役職が付く頃ですから、正直、焦りはありますが、ありがたいことに自分にはいろいろなキャリアがありますし、自分にしかできないこともあると思っています。焦りと楽しみが半々です」と胸の内を明かした。

    もともと、祖父の代から医師の家系。父の晃さんは三重県伊勢市の寺田クリニックの院長を務め、弟の有輝さんも既に整形外科医となり、親戚にも医師がいる。常に医療が身近にある環境で生まれ育った。

    地元の県立伊勢高の野球部で活躍した後、プロ野球選手を志して三重大へ進学したが、「正直言って、なめていました。特に投手のレベルが高くて自分には無理だと思い知らされて、進路を考え直そうと思いました」と振り返る。

    わずか2~3か月で退部し、大学自体も休学。改めて医大受験を目指して勉強を始めるも、その年度に受験した三重大医学部は不合格だった。この頃が野球を始めてから、最も“野球から遠ざかった時期”だったかもしれない。

    事実上の“2浪目”。寺田さんの将来の夢は、プロ野球選手と医師の間で揺れ動いた。やがて、独自の“自主練”の成果がぐっと野球選手の方に近づける。「アルバイトをしながら、夜になってから出身中学のグラウンドで練習をしました。大好きだった元中日の浅尾拓也投手の古くからの友人という方とミクシィ(SNSの1つ)でつながることができたので、浅尾投手の高校時代の練習メニューを教えていただいて真似をしました」と明かす。

    「浅尾投手は縄跳びの二重跳びを100回ずつ9セットされていたそうですが、自分にはキツくて、そこまではできず、50回ずつ4セットなどにしていました。その他、少しでも浅尾投手に近づけるように、20メートルの短いダッシュを1日50本、200メートルトラック走8本、腕立て伏せ、腹筋、背筋、ネットスローなどを毎日続けました」

    効果は徐々に表われ、高校時代に130キロだった最高球速は5キロほどアップ。手応えを得た寺田さんは医学部ではなく、筑波大の体育専門学群を受験し合格。野球部の門を叩いた。

    首都大学野球リーグで活躍するも、筑波大を卒業する際には銀行への就職が決まっていた。そんな寺田さんに、当時助監督だった奈良隆章氏が「野球を続けてみろ」とアドバイス。奈良氏が在籍していたこともあるBCリーグ・石川のテストを受けて入団した。

    石川では2年間、かつてMLBのインディアンス(現ガーディアンズ)やNPBの日本ハムで活躍し、当時投手兼コーチを務めていた多田野数人氏、元日本ハム投手で当時総合コーチだった武田勝氏の指導を受け、サイドスローに転向。球速も「人生MAX」の146キロに達した。2017年のドラフト会議でDeNAから6位指名を受け、寺田さんはついにプロ野球選手となった。

    当時は25歳。同年に指名された選手の中では最年長だったが、1度野球から離れながら、中学の校庭での“自主練”を経て、プロの世界に這い上がったのだった。

    DeNAでは、腰痛に悩まされたこともあって1軍登板なしに終わり、2年で現役引退。「何1つ結果が出ない2年間でした。それまでは、紆余曲折は経ても、かなわない夢はないと考えていましたが、プロで活躍することはできませんでした。全力を尽くしたので悔いはありませんが、挫折は挫折でした」と振り返る。

    そして寺田さんは再び、医師を志した。約1年半アルバイトをしながら猛勉強し、東海大医学部への編入を果たした。現在は勉強のかたわら、主に子ども向けの野球指導で生計を立てている。古巣DeNAのスクールの講師や、投球・打撃フォームのAI動画解析アプリ「Force Sence」で、指導サービスのピッチング部門を担当しているのもその1つだ。

    ※全文は出典先で

    【【大学】2年でDeNA戦力外→医師へ 野球選手から異例の転身…40歳で目指す“日本人初”】の続きを読む

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